先人の言葉がしみる
2019.06.17.
神や仏という物は、ほとんどの場合、遠いところか高い山の上にいる。良い山もだいたいアプローチが長い、そこに行き着くまでにアプローチが長い方が高貴だというのは、そんなところから来たのだろうか。
(中略) そういう長いアプローチをつくろうとすると、敷地の脇に寄せられてどうしても狭い路地ふうになる。しかしその路地にグランドカバリングや踏み石を慎重にセットし、傘をさして十分に通れるだけの幅をクリアし、照明器具や焦点に見える玄関回りのデザインのちゃんとしたアプローチをつくると、その家はかなり立派な家風になる。後は家のデザインがその風情に耐えるかどうかの話。
・・・宮脇檀氏の著書より。
宮崎檀先生の『住宅設計テキスト』は、フムフムと『感動(共感)』させれらる言葉ばかり。
初版は平成5年だから昭和感バリバリなのであるが、高度経済成長時代のニッポンの住宅が、住み手の立場や昔から培われてきた住宅設計のイロハからドンドンと離れて建てる側(建設会社)の都合でまとめられていく時代、体系的に住宅の在り方を整理して、コツコツと『建築が専門でない人』に『建築の専門家』として『建築による幸せと喜び』を『伝える役割』を果たしている。
さてしかし、この伝えをソレゾレ実践していこうとすると、ジリジリと見積が上がる・・・。『伝えられる事』と『伝えられない事』に悩むのは、マダマダレベルの低い『建築の専門家』の証拠かな・・・ブツブツ・・・・・。
by agra (バイアグラ)
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