鉄骨2階建ての事務所が揺れ出した時、理由はわからず、何か大きな不安を感じた・・・。その時私は、自分の事務所から330km離れた平塚の友人の事務所にいた。
平塚に行く時は、いつも早朝の3時半に家を出る。その日の朝の富士は、快晴の冷たい空気の中で右側の輪郭をだんだんと赤く染めていき、綺麗すぎるほど綺麗だった・・・。
テレビの映像が信じられない。18歳で建築の世界に入り、25年もの間、建物と地震や津波との関係を学んできた。でもこんな状況を想像した事は一度も無かった。
いつもは4時間程度の帰路も、その日は18時間・・・。その間、車中でずっとテレビの映像を流し続けた。現実が、どんどん想像を越えていく。一方で、自分の考えられる範囲で、地震の連鎖や建物等の被害の状況を必至で考えた。しかし、現実の状況は、どんどん私を追い越していく・・・。
何が出来るんだ・・・。いや何もできない・・・。そうじゃない・・・。出来る事はあるんだ・・・。何が・・・?
被災建築物応急危険度判定士。建築を業とし独立し、その業で人々の役に立ちたいと思い、数年前この資格を取った。今こそ、その資格を役立たせる事が出来るんだと意気込んだものの、結局あれから9日経って、未だ本部から声はかからない・・・。
実際には、三重県内だけでも2,000人もの有資格者がおり、人選は大きな会社や過去の経験者から優先される。どれだけ気持ちはあっても、多すぎる人間がどっと被災地に入り、被災地のガソリンを使い、被災地のインフラを利用する事はあってはならない。
一昨日までの1週間は、物事のあまりの大きさと被災をされた人々の事を思い、また自分の無力を感じ、ずっとイライラが抑えられなかった。
出来る事はある。義援金はもちろん。節電や不要の買い占めをしない事も・・・。ガソリンも出来る限り使わないようにし、アクセルの踏み方さえ考える。
ラジオは言う。元気を取り戻そう・・・!実際に被害を受けていない人々が元気を失ってはいけない。元気づける人が元気がなくてどうする・・・!今出来る事とは、日常をしっかり生きる事。もちろん被災者や被災地への直接の支援は大切だけれども、毎日の日常を失わないで・・・、日本を失速させないで・・・。!
今進行中の現場報告をブログに書きたかったのだが、控えていた。しかし、昨日も含めて、複数のお客様や工事関係の人々と話し、皆さんの言葉で、今出来る事を一生懸命やろうと思い直した。
良い仕事をし、良い建物を建て、私の出来る限りの力で、身近にいる人から幸せにしていきたい・・・。それが繋がって、いつか被災地の皆さまを少しでも幸せに出来る事を祈る・・・。
先日上棟を終えた「寺田縄の家」。空間に骨組みが築かれると、やはり60坪を越える建物は、大きく迫力がある。
とは言っても、道路から間口の狭い進入路を入って見えるその骨組みは、小さな小さな平屋のお家にも見える。実は、ここが味噌・・・。この建物の、第一のポイント。
施主様のお子様からお婆様まで、実は4世代が住む2世帯住宅になるこの家。大きな面積は仕方がないが、大きなお家に見えないようにしてほしい。それがお客様の一番目の願いだった。
さらに、南側に隣家が大きく迫り、南に庭を取っても薄暗く、景色も面白くない。
一つの解決策として、こちらも南いっぱいに建物をつくる。もちろん隣地に迷惑を掛ける事もない。 ただし、それではこちらの建物に陽が届かず、建物そのものが暗くなってしまわないか・・・?
奥行きの深い敷地を利用し、太陽の光を貯め込むような大きな中庭をつくる。明るい色の外壁に包み込まれたその中庭は、全ての部屋に明るい反射光を届けるハズ。
景観は南隣家の背中を見る必要がなく、明るくて青い空と、自分たち自身で造り上げていく中庭の成長のみを見続ける事ができる。なお、この中庭には、完成時には、大きめの樹木が植えられ、裸足で走り回れる広いウッドデッキが出来る事になっている。
敷地入口から遠い方に2階がある。片流れの屋根によってできる北側の小屋裏を利用した、ロフト付きの小さな子供たちの空間。
南の光をたくさん取りこみながらも、“天井が高すぎないLDK”と繋がっている。独立性の高さもキープながら、子供達とキッチンに立つお母さんが気配を常に感じる事ができる。
2階には、一つ丸窓が出来る。晴れた日には、ズドンっと富士山が正面に見える。この辺りの人にとって富士山はあまりにも日常の風景で、施主様から富士山の眺望はご希望に無かったが、大いなる富士の力をちょっと感じたい・・・。
2世帯住宅であるため、浴室も2ヶ所ある。そのどちらも南向きの窓がある。母屋の窓は、ウッドデッキに直接出られる掃き出し窓。陽の光を感じながら入る【昼風呂】の爽快さは、きっと格別なものになるハズ。
建物のキーポイントを話し始めたらキリが無い・・・。建物には条件がある。敷地条件や法律、家族構成、家族の事情、考え方、生き方、趣味趣向、予算、etc.....。もちろん地震や台風の対策も・・・。
すべてを叶えるマジックはなかなか使えないが、希望には優先順位をつけながらも、施主様と一緒悩み、一緒に考え、あっ!と思うような提案を創り出す。それが建築家の醍醐味だ!
自然の脅威は、計り知れないほど大きい。東日本大震災の津波の威力は、一軒一軒の建物の、緻密な、確かな仕事など目もくれず、あっと言う間にそれらを叩き潰し、押し流していった。
我々の仕事は、建築の専門の知識と経験により、お客様の幸せ作りをサポートし、お客様を災害から守る事だと思ってきた。ところが目の前で、いとも簡単にそれらが流されていく。大切なたくさんの命と一緒に・・・。
自分が選んだ仕事の価値というか、自分自身の立ち位置を見失いそうだ・・・。彼らを助けることも出来ないし、これから未来にやってくる災害に対しても、私には誰一人守る事はできないんじゃないか・・・。
しかし、ラジオやテレビから流れる被災者の方々の言葉は、とても前向きだ。当然、各々の、たくさんのたくさんの不幸は、まだ情報として流れてきていないのだろうが、それにしても生き残った彼らは、これからも長い人生を生き、幸せにならなければならない・・・。それを切実に思う彼らの言葉が、とても前向きに聞こえる・・・。
自然に絶対的に勝つための、彼らと、自分も含めたたくさんの人間を守るという仕事は、出来ないのかもしれない。
でも我々は生きなければならず、生きる為には住処を作る必要があり、その住処を少しでも居心地良く、安全に作るという仕事は、誰かがやらねばならない大切な仕事なのだ・・・。
やはり、それをするのは・・・、行うのは、私の仕事だ・・・。もっともっと勉強し、研究し、少なくとも自然の力に反発するのではなく、出来る限り共存するためのスベを探し、行うのは、やはり私の仕事なのだと思う・・・。
微力な自分の力が情けないと頭を抱えた日々が続いたが、まだまだやらねばならない事がある。負けぬように、前に進みたい・・・・・ブツブツ・・・・・。