忍びの心得
世の中には、見えないものがある。遠くの世界ではない。あなたの身近に、すぐそばに・・・。
毎日生活するその場所・・・。その場所のたった5cmの頭上、たった5cmの足元に、忍び寄る影がある。音もなく、気配もなく・・・。
山間の小さな小さな村。木々の揺れ、葉のこすれる音・・・。ひっそりとたたずむ屋敷・・・。築100年を優に越えるその古民家は、この村に移築されて80年を越えるという。
昭和ひとケタのその時代から、誰ひとりその場所に足を踏み入れた者はいない。今、80年前の埃がそっと舞う・・・。
ぬきあし、さしあし・・・忍び足。忍びの心得・・・、音をたてぬ事。空気すら動かさぬように・・・。
その男は風のように屋根裏に上がった。古びた梁の上を事もなげに移動する。伊賀者でも甲賀者でもない、限界耐力計算法を操る忍びの者・・・。一級建築士、てらもと・・・。彼の狙う新しい獲物は、小さな女の子を二人を持つ若い夫婦の屋敷。
「おじいちゃんがむか~し昔移築したこの家を、歴史いっぱいのこの家を、リフォームして家族で楽しく住みつづけたい!!」。そんな依頼者の願いを兼ねる為、私はある忍びの者に連絡をいれた。伝統木造工法の改修を専門にする男、てらもと氏。
ぬきあし、さしあし・・・。決して依頼者に気づかれないように音を消しているのではない。ツルっと滑ったら、足元の天井をぶち抜いてしまうのだ。だいたい築100年を越える建物の梁なんて、信用できない。いつ“ボキッ”といくかわからない・・・。
換気が良いというか、壁と屋根の取りあいに気流止めも無いので、屋根裏にはたっぷりの埃がたまっている。すばらしい空気だ・・・ゴホッゴホッ!まぁしかし、この時期の調査は、夏に比べると何倍もいい。夏の屋根裏は、軽く50度を越える。汗だくと息も出来ない程のホコリ・・・。今日は、快適さ!
床下にも潜らねばならない。事前の室内の調査では、北側の部屋の湿気がひどく、おそらく床下はカビだらけなんじゃないかと心配した。身動きが取れないほど狭い床下で、クモの巣とシロアリとグチャグチャの地面と戦うのだとしたら、想像するだけで恐ろしい・・・。
しかし、意外にも床下は乾燥していた。冬のため虫もおらず、まぁトカゲのミイラが一体いたが、地面の砂もサラサラしており、ここもずいぶん快適だった・・・と言える・・・。
とは言ってもね。昔の建物は床下寸法の小さいものが多く、狭いところでは大引の下から地面まで20cm程度。顔を地面に擦りつけるようにしながら、足首の上下運動だけで前進する・・・。洞窟探検隊のように・・・。
閉所恐怖症の人には絶対無理だな・・・。これが、夏で汗だくになって、クモやシロアリ、ねずみもいるような状況だったら・・・・・。ゴキもいるかも・・・。
専門家のてらもと氏は、悠然とその状況下で調査をしている。基礎や土台、大引き・根太の状況、ツカやツカ石のピッチ、地盤の具合・・・。ノートを持って後ろから追いかける私に、考えられる補強方法を逐一説明する。
こんな所で一緒に仕事をすると、ほんと気心がしれると言うのか、信頼しあえる仲になる・・・。身体をほんの少し持ち上げただけで頭をぶつけ、地面にキスする程の位置で打合せするんだから・・・。
朝から何度か地震があった。震源地も近かったハズ。「ここでまた地震が来たら、一巻の終わりだな・・・」と話したら、「古民家の床下に潜る時は、覚悟して入る事!」と言われた。覚悟のいる商売なんだ・・・と思いながらも、ここまでやってこの家族を幸せに出来たら、おれもプロと言えるかなぁ・・・なんて、調子に乗った事を考える・・・。
伝統木造工法という束石の上に束立てをし、その上に骨組を組んでいく建物は、現在の一般の建物とは考え方が基本的に違う。だからリフォーム、改築も、その専門家に依頼するべきである。
あ~、てらもと氏と友達でよかった。いいリフォームが出来ると思うよ。
また手伝ってね。しかし今回は予算が無くてスイマセンでした。無理ばかり言ってこんな苦労させて、まったく忍びない・・・ブツブツ・・・・・。
| 固定リンク
「01.建物好きブツブツ」カテゴリの記事
- 先人の言葉がしみる(2019.06.17)
- 御所の応接室(2017.11.06)
- アラブから見た日本(2017.08.08)
- 夏はエアコンを点けっぱなしにする?(2017.07.25)
- ただ気になるだけ(2017.05.04)
コメント