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本当の、最後のミッション

110108001 地球の、その姿を撮影すること。それが最後のミッション。

 【イトカワ】の観測終了後、彼の下面に備え付けられたカメラと保温ヒーターの電源は、ずっと切られたままだった。大気の無いその世界で、何百度という温度の変化に気の遠くなる程長い時間耐え続けたその身体で、彼は最後のミッションに挑んだ。

 4年で帰ってくるつもりだった。太陽光パネルを除けば2mに満たないその小さな身体で、【(24143)1998SF-36】という名の小惑星にたどり着き、その星の断片を採取する。そして、必ず地球に帰還する。彼は2度の計画変更のもと、3度目に与えられたその使命を遂行すべく、2003年5月9日13時29分25秒、M-V5ロケットにて遥か宇宙を目指して旅立った。

110108005 その小惑星は太陽系の中を回っている。地球と火星の公転軌道に交わるように飛びながら、自身も太陽の周りを公転している。別名【イトカワ】。丸い星ではない。ちょうど大豆を少し押しつぶしたような、そんな形をしている。最大径でも535m。石油タンカーよりも少し大きい程度だという。

 彼が【イトカワ】を目指して地球の大気を離れたとき、その星の名前は、実はまだ【イトカワ】ではなかった。宇宙科学研究所がこの日本屈指の宇宙計画に期待し、日本のロケット開発の父・糸川博士の名前をこの星につける事を、この星を1998年に発見したライナー氏に依頼。今回の打ち上げの3ヶ月後の2003年8月6日に【イトカワ】と命名された。

110108006 【スイングバイ】。天体の重力と公転運動を利用して自身の運動方向を変更し、また増減速をする事。この実験にも成功した。一旦地球を離れた彼は、公転しながら再び地球に近づき、【地球スイングバイ】をつかって大きく方向転換し、増速。【イトカワ】の軌道に近づきランデブーする。

 2005年9月30日、イトカワに約7kmまで近づいた。しかし10月2日、姿勢制御装置【リアクションホール】が故障。全3機のリアクションホールのうちすでに1機が故障しており、今回の故障で姿勢制御がとても難しくなった。まだ最大の目的である「イトカワの断片の採取」は行われていない。断片の採取のためには、なんとしても一度【イトカワ】に着陸しなければならないのだが・・・。

 化学エンジンを併用し姿勢制御を行う。しかし、帰還するための燃料も確保しておかなければならないため、地球から数億キロ離れたその空間で、エンジン噴射を精度よく制御することが必要になる。とは言え、地球からの通信は、光の速度でも片道数十分を要してしまう。そのため彼は、そのすべての行動を自分で判断し自分で決定しなければならない。

110108008 2005年11月12日、小型探査機ミネルヴァを投下。しかし、【イトカワ】への着陸に失敗。

 2005年11月20日、今度は彼自身が【イトカワ】に着陸を試みる。ターゲットマーカー発射。着地。そのマーカーを目指し、降下開始。

 ・・・しかしここで、何らかの障害物を検出、タッチダウン(着陸)の中止、上昇。再び降下を試みたが・・・。

 成功したのか失敗なのか、2回のバウンドのあと、約30分間のイトカワ着陸・・・?ただしい状態で着陸したとは思えない・・・。試料採取も行えない・・・。

 一時途絶えてしまった地球との交信が再開出来た。管制室の緊急指令で上昇、離陸に成功。これは偶然にも、地球と月以外の天体において着陸したものが再び離陸を成し遂げた世界初の出来事となってしまった。

 11月26日、2回目のタッチダウンに挑戦。試料採取には、たった数秒間のタッチダウン(着陸)だけでいいのだが、身体中に数々のトラブルを抱え、また帰還のために燃料を多く使う事が出来ない。これが事実上最後のチャンスか・・・。

110108009 予備のターゲットマーカーを落とす事は中止。コンピュータが2つの目印を見て混乱する可能性があるからだ。マーカーによる自動制御はぜず、記録モニターを使って降下。すべて彼自身が自分で判断していく。

 11月26日07時07分、約1秒間のタッチダウンに成功。即座に離脱。試料採取も、どうやら成功した。しかし離脱の際に、スラスターB系から燃料のヒドラジンが探査機内部に漏洩。弁を封鎖・・・。

 11月27日、管制室からの姿勢制御命令が不調に・・・。漏洩した燃料の気化によるバッテリーの放電が原因か・・・。

 12月2日、化学エンジンの再始動を試みるが失敗。12月4日、キセノンガスの直接噴射による姿勢制御を試み、成功。

 12月8日、再び燃料漏れ発生。キセノンガスを使っても姿勢を制御する事ができず・・・。

 その後、通信途絶・・・・・。

 46日後、2006年1月23日、彼からのビーコンを受信。彼は生きていた。太陽電池発生電力が極端に低下して、一旦電源が完全に落ちていた。化学エンジンを動かすヒドラジンも残量がなくなっていたが、イオンエンジン用のキセノンはまだ残量を保っている。電力を回復させれば、地球帰還の可能性はある・・・。

 3月6日、3ヶ月ぶりに彼の位置が特定された。イトカワから1万3000km。地球からは3億3000万km。地球の直径を1万2700kmとすると、その約26,000倍の距離だ。光の速度でも18分20秒かかる。ちなみに光は1秒間に地球の直径の23.5個分を進む。

 それから4年3ヶ月、当初の予定より3年以上も遅れ、彼はその長い長い道のりをボロボロになって地球に戻ってきた。その痛々しい小さな体は、もとよりそんな長い航海を予定されておらず、耐久的にも限界を越えていた。しかし彼は、その本来の目的を達成し、彼の前部につけられたカプセルに地球への素晴らしい、そしてとても大切なお土産を詰め込んで帰ってきた。

 2010年6月13日、最後のミッションの日。19時54分、彼はカプセルの切り離し成功。カプセルは大気圏突入後、地上5000mにてパラシュートを展開し、23時08分、オーストラリアのウーメラ砂漠に軟着陸する・・・。

 22時02分。カプセル切り離しに成功後、彼は目の前に青く輝く地球の姿を撮影した。それが彼に与えられた最後のミッション。5、6枚撮影した最後の写真を管制室に送信中、通信途絶・・・。

 最後のミッションを終えたその彼の身体を安全に地上に送り届ける為の如何なる装置も、彼はその身体に身につけてはいなかった。彼の【本当の最後のミッション】は、ここから始まる。大気圏の中に入り燃え尽きて消える事・・・。

110108010 はたして、小惑星探査機【はやぶさ】は、数々の困難を退け、7年の歳月のもと地球に帰還した・・・と言われている・・・。確かに彼に積まれたカプセル・・・世界が注目する、宇宙のその遥かなる力と秘密を解くための試料が積み込まれた・・・は、見事に帰還した。しかし彼・・・はやぶさ本体・・・は、その最も重要な目的を達成したあと、本当の最後のミッションを遂行し、光となって消えた。

 昨日、家族で四日市博物館のプラネタリウムに行ってきた。【はやぶさ】帰還の記念映像番組を見た。最後に、【はやぶさ】とカプセルは大気圏の中に突入し、月よりも明るい光となって、オーストラリヤの夜空を飛んでいた。たくさんの光はやがて一つずつ消えていき、最前方の一つの光だけが最後まで残った・・・。

110108004 その身体が地上に落ち、人や動物を傷つけない事。地球の如何なる環境も変化させない事。地球に落ちない事・・・。

 それが、彼の【本当の最後のミッション】だったことを感じたのは、私だけか・・・。

 それが、そう、父の仕事なのかなと、少しだけ思ったのは、私だけか・・・。

 私は・・・あなたは・・・本当の最後のミッションを・・・遂行できるか・・・・・ブツブツ・・・・・。

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