朝の戦争
朝の戦争は、私の左腕につけられたスイス・ミリタリーの腕時計の針が、5時30分を示す直前から始まった。日の出前の雲ひとつない秋の空は、あの厳しかった残暑が嘘のように冷たい空気を張りつめながら、深い蒼色の中に輝く星の宝石を散りばめてたたずんでいる。
そこにはすでに60名ほどの戦闘員が集まっている。なぜだろうか、彼らの顔には眠気のようなものはなく、ニコニコと笑いを含めたソツのない会話を楽しみながらも、どことなく各々が距離を取りあうような、そんな緊張感があった。
私が到着して間もなく、私の後ろにも200名を超えるであろう勇敢そうな戦士達が、思い思いの武器を手にしながら集結していく。そわそわと膝や足首の屈伸運動をしながら2列縦隊となって待機するその勇者達は、各人が自分が長となる組織を代表し、肩に背負う大きな責任と戦い、そして過去の栄光と屈辱の物語を互いに交わしながら、その時が来るのを息を飲んで待っていた。
この戦いには味方はいない。今、目の前で緊張を分かち合う男たちは、その時が来れば皆敵になる。男たちは、自分の目標を達成するため、その時を境に自分の眼(まなこ)に映る全ての生き物を敵とし、自分が生き残ることだけを考えながら突進する。
私ももう、戦士と言うには歳を取ったかもしれない。全盛期を越えた身体は、筋肉が落ち、目の前に立つ勇猛そうな若い戦士と比べると、一回りも二回りも小さく見えることだろう。気がつくとそこには、私から見れば子供とでも言えそうな若い肉体ばかりではないか。いつの間に、世代交代がおこっていたのだろうか・・・。
3年前の朝の戦い。私は、勇む心と鍛え上げてきたはずの筋肉とのバランスをコントロールできずに負傷した。私の右のあばら骨にはヒビが入り、全治には1ヶ月以上の月日を投じなければならなかった。
しかし、痛みなど感じなかった。今戦うべきは、痛みではない。開門と同時に後ろから私を追い上げ、追い越していく、その若い血肉に渾身のエネルギーを燃やしながら駆け抜けていく猛者達であり、そしてこの老いゆく肉体にムチを打っても彼らに勝たねばならない、長としての責任感だった。いや、それは責任感だったのか。それとも、男としてのただの意地だったのか・・・。
来るべき時間が迫る。戦士達の緊張感が高まっていく。ほぼ真東からその日の太陽が登りだした。今感じているのは、あの先程までの秋の空気の冷たさを唐突に引き裂くような太陽の暑さなのか。それとも燃え盛る若き戦士たちの、エネルギーの温度なのか・・・。
幾人かの遅れてやってきた戦士達は、その場所のあまりの熱さに気を飲まれ、後ずさりしていく。もう敗者の顔だ。そう、いまごろ来たって遅いのだ・・・。我々はもう戦闘準備はできている。身体は老いたかもしれないが、戦いには慣れている。
目を閉じる。勝つ、勝って生き残る。私の瞼の内側には、もうその時の、生き残って最後にペグを打ったその瞬間の、自身の姿しか映っていない。それ以外のものなんて映す必要はない。私は勝つのだ。勝つために、この日を迎えたのだ。勝って、勝って長としての責任を全うするのだ・・・!
男たちの緊張感がピークに達したその瞬間、・・・ついに、開門・・・戦闘開始・・・!今年も運動会の朝の戦争が始まった・・・・・。
・・・あそこに・・・シートを・・・敷けるのか・・・・・ブツブツ・・・・・。