サントリー・サタデイ・ウェイティングバー【アバンティ】。
麻布仙台坂にあるイタリアンレストラン「アバンティ」のウエィティングバー。週末の夜ともなると、各界の有名人達がぞくぞくと集まる。バーテンのスタンと一緒に彼らのおしゃべりに聞き耳を立てる。至福の時を楽しめる最高のバーである。
もちろんこれは、実在のバーではない。土曜の夕方5時、東京FM系で放送されているラジオ番組。結構有名な番組だから、知っている方も多いだろう。超都会的で、トーキョーの匂いプンプンで、出来過ぎな程カッコイイ。東京には、こんなバーがいくつもある。
学校を卒業して東京で大手建設会社の現場監督として就職した。と言っても駆け出しの頃は、朝から晩まで汗と砂ぼこり・土ぼこり・鉄粉ぼこりでドロドロになり、休みも少なく、朝は6時に寮を出て、夜は毎日午前様。それでも月に2,3回、無理やり時間を作ってこんなバーに通い続けた。初めての現場が銀座ど真ん中だったのがきっかけで、父に紹介された銀座8丁目、すずらん通りにあるショットバー【Stella(ステラ)】。子供が行くようなバーじゃない。大人のバーである。
店長の稲さんは、この世界では少々有名なバーテンダーらしい。もう初老といえる年齢で、なかなか自分では振らなくなっていた。ただこの人目当てで、いろんなお客がやってくる。大手広告代理店のトップ、銀座の高級寿司屋の社長や、開業医の兄弟、謎の紳士、etc…。
田舎者で、酒だって全然わからないガキの私に、稲さんも他のバーテンダーも皆優しかった。ガキが一人でカウンター席に座る。バーテンダーが静かに注文を聞いてくれる。常連にもなると、以前に話した内容を全部覚えていて、とても良い話し相手になってくれる。誰か客人を連れていくと、そっとエスコート役の私のフォローをしてくれる。
一人でカウンターに座っていて話しかけてくれるのは、バーテンダーだけではない。隣に座る見ず知らずの人と語らい合いが、また楽しい。いろんな人がいる。人って面白い。
ある時、なにかの理由で水曜の夕方6時にステラへ行った。外はまだ明るい。もちろん他に客はいない。するとすぐに店の前にタクシーがとまり、二人づれの客が入ってきた。一人は70歳を越える老人で、もう一人はその人を会長と呼ぶ40代半ばの女性。二人ともとても身なりの品が良い。どういう関係なんだろう。稲さんが、注文を聞くでもなく、老人にウォッカトニックを差し出す。もう何年も前から(いや何十年も前から?)、毎週水曜日の夕方6時に、ウォッカトニックを一杯だけ楽しむために、タクシーでやってくる常連客なんだとか。
東京でまだ初々しいガキにとって、こんなバーで、こんな一風変わったカップルに出会うだけでもドキドキするような出来事。ところがこの老人、実は10秒に一回、喉を「カ~!」と鳴らす。「カ~、カ~!」。どうも慢性的に喉に痰が絡んでいらっしゃるようだ。「カ~、カ~」!!
【すすめ!パイレーツ】という江口寿史のコミック漫画で、パイレーツのオーナー田吾作さんが「カ~、カ~、ペッ!」とやる。それとそっくり。こんなカッコいいバーで、毎週一回同じ時間にタクシーで、ウォッカトニックを一杯だけ飲みに来る紳士なのに、失礼ながらそこだけが、すごく間抜けだ!だから人のいない早い時間にくるんだろう、きっと。
しばらくして声を掛けてくださって、ウォッカトニックを一杯ごちそうしていただいた。すごく、すごく大人の味がした。お話もとても紳士で、素晴らしかったのを覚えている。カ~!!
銀座で最も繁盛しているという高級寿司屋の社長さん。見かけるたびに、数人の女性と一緒。話し上手で、彼の席はいつも盛り上がっている。「じゃぁ、ドンペリ飲むか?」≪えっ!ショットバーでドンペリですか・・・?≫ まだドンペリが、1本3万とか5万とか言っていた時代である。その会話をカウンターの3つくらい離れた席からボーッと見ていたら、「どうぞ!」って、グラスに一杯【ドンペリ】が注がれた。生まれて初めて飲んだ【ドンペリ】。美味いんだかどうなんだか、わかりません!帰り際に【ボトルにあまったドンペリ】、くれました。まだ若かったので、素直に「ありがとうございます!」って言えました。
常連になると、なぜかカウンターの端の席に座りたくなる。今日はいつもにもまして混んでいるが、うまく端の席が開いていた。隣に座っていたのは、これまた初老の紳士だった。しばらくはお互いが別々にバーテンダーと会話する。お酒がまわってくるとお隣同志、お友達になる。高級そうなスーツがビシッと決まった紳士だ。その点、最近の私はネクタイも締めてないし、ネルシャツとボロジーンズのまま銀座のバーで飲んでいる時もある。なんか店に申し訳ない・・・。
紳士の話をよく聞いていると、イギリスの貴族の城のようなお家に招かれて飲んだお酒の話のようだった。次元が違いすぎて、はじめは意味がわからなかった。貴族の彼らだって、おいしいお酒とおしゃべりが大好きなんだ、なんて話だったような・・・。しかし、この紳士は、なんでこんな若造にそんな話をしているんだろう。
バーとは、人を癒してくれるところ。一人一人にとっては特別な隠れ家のようなところなんだけど、いろんな人を分け隔てなくもてなし、心の疲れを取ってくれる。すると、そこに来る客同士からも、次第に隔たりが無くなっていく。
そんな時間と空間を演出するバーテンダーは、ただの酒出し名人なんかじゃない。プロだ。建築家として、いや人として、そんなバーテンダーのようになりたいと思う。人の心が安らぐような人でありたい。人の心が安らぐような仕事がしたい。人の心が安らぐような建物をつくりたい。
東京から離れて長くなり、そんなバー【ステラ】の常連客もバーテンダー達も入れ替わってしまったと聞く。今私がお勧めなのは、同じく銀座8丁目にあるショットバー【Largo(ラルゴ)】。そこのオーナーバーテンダー石原さんには、実は【ステラ】時代、とてもお世話になった。
もう、なかなか行けない東京だけど、久しぶりに顔を出しても昔の話をちゃんと覚えていてくれる人がいる。今も変わらず私を癒してくれるバーテンダーがいる。私にとっての最高のサービスがそこにある。
BAR STELLA;
http://bar-navi.suntory.co.jp/shop/0335722058/index.html
BAR LARGO ;
http://bar-navi.suntory.co.jp/shop/0355372482/index.html